2018.6.22 Ibaya Baseball Magazine(beta ver.)始動!

一回表「Baseball is beautiful.」

一回表「Baseball is beautiful.」

「お前はオレとキャッチボールをするぞ」
ようやく小学生になり、兄の背中を追いかけて潜り込んだ町内の少年野球チーム。そこではじめてキャッチボールの相手になってくれたのは、監督のSさんだった。私にとってS監督は、監督というよりも、町内の行事があるごとに泥酔している中年のおじさんという印象の方が強かった。
私の生まれ育った町内はとにかく行事が盛んで、春の花見をはじめとして、夏は祭りに秋は運動会、冬はサイノカミ(どんどん焼きともいう)と、それらの主な原動力となる父親たちの結びつきは非常に強く、またとにかく酔っ払いが多かった。たまたま母親から父親を連れ戻せという命を受け、酔っ払いたちの巣窟となる公会堂に足を運ぶと、親父たちがうずくまってゾンビのようにあちこちに転がっている。そんな地獄絵図の中で、半分目を開きながら千鳥足で誰かが玄関にいる私の方にに近づいてきた。それはSさんだった。
「おう、亮太か。いいか、お前は、まず、、俺の胸に投げろ、、わかったか」
とだけ私に告げると、そのままふらふらと歩きながら、薄明かるい小道へと消えていった。

現在の少年野球の環境とは比較にならないほど、雑草はぼうぼうで、猫の額ほどのグラウンドとも呼べないグラウンドで、平日の少年野球の練習が始まった。Sさんは町内の金属加工を営む工場で働いた後に、日が暮れる前に作業着のまま表れた。入団当初一人だけ低学年で小柄だった私は、身体の大きい上級生の練習には参加出来なかったため、毎回Sさんがキャッチボールをしてくれた。普段から酔っ払っているのかどうか分からないSさんは、どこか不気味で、はじめは一球一球投げるボールに緊張感が走った。実際、彼はとても厳しい人だった。試合中でも気の入っていないプレーをした選手には思い切り檄を飛ばし、ヘルメットの上からバットをごつんと叩いて叱ることもあった。彼はいつも本気で子どもと向かい合っていた。そんなふうに叱られた選手で、涙を流さない子はいない。しかしそんな厳しいSさんでも、試合で良いプレーが出たりすると選手を活気づけたり、試合後は結果がどうであれ選手一人ひとりをしっかり労っていた。何よりもSさんが一番野球を好きだという気持ちを、子どもたち皆んなが感じていたように思う。いつの間にか私はSさんに親しみを覚えていた。この人は信用できると思った。

成人男性の身体としてはとても小柄だったが、その実がっちりとした体型のSさんのグラブさばきは華麗だった。私は一心不乱に彼の胸だけを見て、右手に持った白球を思い切り投げた。
「おお、なんだよ。おいおい、亮太が一番キャッチボール出来るんじゃねーか!?」
と、周りの上級生に聞こえるようにSさんが吠えた。全体がむっとなったような雰囲気になる。私は黙々とキャッチボールを続けた。
やがてSさんが「おーし」と言ってバットを持ち、上級生をそれぞれのポジションに振り分けて、“ノック”という、ノッカーであるSさんがバットでボールを弾き、ボールが飛んできたところにいた選手がキャッチするという守備の全体練習が始まった。兄を含めて上級生たちが玉のような汗を落としながら、懸命に飛んだボール目がけて走っていく。
とうとう日が暮れて、それぞれのポジションへのノックも終わり、最後にキャッチャーフライという、捕手が高く舞い上がったボールをキャッチして練習を締めくくるというシーンとなった。
このキャッチャーフライを上げるのがSさんの得意技で、一般の小学生レベルの試合では決して現実に起こるとはいえない、雲をも越えて天にも届くかという打球をわざわざ放つ。それはまるで、新潟生まれの作家が描いた有名な野球漫画に出てくる“通天閣打法”さながらの大飛球だった。
キーンという鋭い打球音が、薄闇のグラウンドを超えて、目の前に広がる森の中まで木霊するように広がっていく。その光景をはじめて見た私は、思わず両の手をぎゅっと握って拳を作り「わあっ」と口を半分開いて、夕闇の空に消えた白球が落ちてくるのを眺めていた。
数秒が経った後、すっと白い線が一瞬見えたかと思うと、キャッチャーミットがパチンと音を立てた。重そうな防具を身につけた捕手が、そのボールをしっかりと掴んでいた。
「す、すごいなあ」
上級生一同が被っていた帽子を手に取りサッと下ろし、S監督に向かって「ありがとうございました」と声を合わせてお辞儀をした。そして、無言のまま白線の一歩後ろに駆け寄って一列に並び、真っ直ぐに気をつけをしながら前を向き、キャプテンが一言「ありがとうございました!」と腹から声を出すと、後に続いてメンバー全員が声を張り上げて復唱しながら、グラウンドに向かってお辞儀をした。Sさんも合わせて静かに頭を下げていた。
私はこの時、はじめて野球というスポーツを美しく感じた。

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