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三回表「眩しい朝の儀式」

三回表「眩しい朝の儀式」

私は朝が好きだ。暗闇の世界が太陽の光を受けて、遠くの山から流れの穏やかな小さい川へと、少しずつ少しずつ明るみを帯びていく。ぽた、ぽた、と朝露が垂れて、緑たちが新鮮な空気を放つために光合成をはじめる。一日の始まりにこの美味しい空気をしっかり吸えると、身心共に軽快なスタートが切れる。親の目を盗んで兄とテレビゲームをするため以外に早起きなんてしなかった私が、何故こんなにも朝を好きになったのだろう。目には見えないこんな素晴らしいものを、いつどこでみつけたのだろう。

 

両膝の内側を襲っていた成長痛が終わる頃、私は中学校に入学すると同時に、少年野球に続き軟式野球部へ入部した。身長は既に170㎝くらいあったが、それでもピカピカの一年生である。私の入学したころの母校はまだ不良時代の名残りがあって、入学初日に友達と下校していると、後ろから近所に住む二つ上の先輩が煙草を吸ってにやにや近づいてきた。
「ん、タバコ? これおいしいよ〜。」
とんでもないところに来たのかもしれないと思った。
学年が四つ上の兄の時代から噂には聞いていたが、のほほんと過ごしていた小学校とは遥かにスケールが違う。集団万引き事件で新聞に載ったとか、受験発表の日に特攻服を着て現れたとか、冗談かと思う話が絶えなかった。そして、それら全ての主戦を担っていたのが、我がG中野球部だった。
今となっては信じられない話だが、私が入学する前までは、練習試合だろうが何だろうが、相手が喧嘩をふっかけて来ようものなら乱闘騒ぎが起きていたらしい。いや、私が一年の頃にもあわや乱闘かと思う場面があった。中学生がいちいち危険球に反応して相手に向かって行くなんて、「プロ以外にもこんな事ってあるのか」と度肝を抜かれた。
部内でも暴力は当たり前にあったらしく、二つ上の学年に顔面をスパイクで殴られた先輩がいた。私は彼に会う度に、彼が殴られた時の場面を想像して怯えた。しかし、その先輩はとても優しい人だった。よく笑っていた。
そんなリアル『ルーキーズ』みたいな野球部だったので、大会前に試合を組むことを嫌がられた。当たり前である。それは私が三年になるまで続いた。しかし、不思議と先輩たちのせいにしたい気持ちは全く起こらなかった。そんなことよりもとにかく試合がしたかった。私たちは最後まで試合に飢えていた。

仮入部が終わって本格的に入部すると、それまでランドセルに合わせていたライフサイクルが一変した。
当初、私はとにかく走った。ピッチャー志望でもないのに、練習後も走っていた。自分より一回り以上身体も大きく、技術も高い先輩と肩を並べて走ることが何だか楽しかったのである。校舎の周りを何度も何度もぐるぐる周っていた。毎日10〜20㎞くらい走っていた気がする。
心は元気だったが、まだ身体がトレーニングに慣れない頃の反動は凄まじかった。毎晩夜中に両足がつって、飛び起きるのである。はじめは「なんだこの痛みは⁈」と驚いたが、徐々にその痛みにも慣れ、始めは苦しかったノックなどの全体練習や、ただ「やる気が感じられないから」という、人によっては理不尽なダッシュ系の“シゴキ”にも耐えうる身体になっていった。

入部から一ヶ月を過ぎたくらいだったであろうか。
一年生の中で図体も態度も大きかった身の程知らずの私は、先輩たちしか仕様することが許されない神聖なる野球部専用の『部室』に、ちゃっかり自分の道具を置くぐらいには周囲に認められつつあった。幸運な事に、私は二年生と三年生のどちらの先輩にも恵まれていた。おそらく入れ替わりに卒業していった先輩たちにこんな生意気な態度を取っていたら、それこそ袋叩きにあっていたであろう。野球部の“ヤカラ”たちは怖くて厳しいけれど、実はみんな年頃の男子で、本当は優しくて繊細だったのだと、今になってしみじみ思う。

やがて先輩たちと良好なコミュニケーションが取れるようになり、私は野球部の中で一番威勢の良い先輩たちが、“朝練”を行なっていることを知った。自主的に朝からグラウンドに来るなんて、やるなあと思った。素直に好奇心が湧いた。でも自分は一年坊主だし、出しゃばるのは良くない。最初はその輪の中に入っていくのを躊躇った。しかし、やっぱり楽しそうだったので飛び込むことにした。
翌日、朝5時に目覚ましをセットしたが、気合いが入っているので目覚ましが鳴る前にはしっかり目覚めている。歯磨きをして顔を水で洗い清め、鏡の前で頬をパンパンと二度叩く。「よし!」と目つきを鋭くして玄関の扉を開けた。
すると、東の空から昇ってきた太陽が、少しずつ周囲の民家を黄色がかかった赤で照らしている。「なんと清々しい朝だろう…」と、心から感動した。こんなにも身近に自分の知らない美しい世界があったのかと震えた。
まだ真新しい自転車にまたがって自宅前の坂を下り、近くの自販機で初めてブラックのコーヒーのボタンを押す。ガシャンと落ちてきたジョージアの缶を片手に、ちびちび飲みながらグラウンドを目指す、まだ肌寒い春の終わり。「いよいよ俺も大人への階段を」と得意げになっていた。そしたら、通学路をショートカットして学校に向かう小道の角を曲がった時に、新聞配達中のおばちゃんにぶつかりそうになってコケた。おばちゃんに謝って、肘などに軽い擦り傷を負いながら、「人の気配が少ない朝は朝で油断すると危ない」ということを身体で学んだ。

学校に到着して自転車置き場からグラウンドに向かって歩いていくと、ポツポツと朝練の主要メンバーが見えてきて、何やらバットを持って準備体操をしていた。これから何が始まるのかと思って様子を伺っていると、二年生のS先輩が打者に向かってひょいと下から軽く球を投げ、三年生M先輩が思い切りフルスイングをした。打球が緩やかに放物線を描いて、陸上部の道具置き場「通称・陸上小屋」へ向かって伸びていく。しかし、手前でぽとりと落下した。「くっそー!」と叫んだM先輩の表情が徐々に赤く火照っていく。そのまま「オラ!オラ!」と10球、20球と打ち続ける。ようやく高々と舞い上がった打球が、陸上小屋の屋根にドンと小気味よい音を立てて落ちた。「おっしゃー!」と叫んだM先輩が上着を脱いで上裸になった。汗がもくもく湯気を立てている。
続いて、一番体格の良い二年生S先輩も上裸になる。見事な正三角形。美しく整った背筋、そしてぱっくり八つに分かれた腹筋。「おし」と一言声をかけて、今度は逆にM先輩がボールを打ちやすいように下から投げる。カキーンと快音が朝の校舎まで鳴り響くと、一発で陸上小屋の屋根に落ちた。すごい。どんどん鋭い打球が校舎に向かって飛んでいく。そして、この日一番高く美しい弧を描いた打球が、私の遥か頭上に白い点となって飛んでいった。なんと、その打球は陸上小屋を越えて、さらにその奥の校舎の屋根にガンと突き刺さった。バットを後ろに放り投げ、両の拳を突き挙げたS先輩の上半身が光って見えた。私の姿を見つけたS先輩が叫ぶ。
「おい亮太!おせーぞっ!!」

我に返って急いでホームベースに向かって走り出す。自分も彼らのように陸上小屋にぶつけられるくらい遠くまで打球を飛ばしたい。いや、やってやる。
偉大なる先輩たちは、朝から服を脱ぎ、ひたすらホームラン競争に興じる自らを『裸族』と名乗った。校舎目掛けて打ち続けることは、彼らにとっての神聖な朝の儀式だったのだ。
私は早起きすることがますます楽しくなった。朝が好きになった。
「さあ、今日から俺も裸族の仲間入りだ。」

(まだまだ先輩たちの背中は遠い)

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