2019年4月30日:平成最後の野球日和 in 芝公園野球場

六回裏「私の通知表」

六回裏「私の通知表」

夏の甲子園100回記念大会を巡るドキュメンタリー映画を観てきた。
言わずもがな、野球界の発展を祈り続けている私は、特に高校野球に肩入れしている。勢い高校野球について語り出すと、細かすぎて伝わらずに引かれてしまうので、あまり多くを語ることはしない。こうして書いている今でも、さて、どこまで掘っていいものかと戸惑う。私にとっての高校野球とは、まさに筆舌に尽くしがたいもので、ただ「爽やか」な「青春」ものとしては語れない。なにせ戦前から百年以上の歴史があって、政治までは動かさずとも、阪神界隈の経済を大きく動かし、なによりも甲子園に出場した地域に勇気と希望を与える『国民的行事』なのだ。

戦後まもない頃、物は少なく娯楽もなかった時代に、日本人の多くは甲子園に熱中した。勝って食えるわけでもない、丸刈りにした地域の子どもたちが、空襲を思わせるサイレンの後、白球を追いかけてぼろぼろになっても諦めずにプレーする姿は、世代を超えて人々の心を震わせた。
コロナの影響で、すべての学生スポーツが早々に中止になっても、高校野球だけはぎりぎりまで粘って、交流試合というかたちで春の甲子園に出場する予定だったチームの試合を行った。そして、勝っても次はなく全校一試合のみの短い期間ではあったが、その様子は地上波で放送された。まさにこれが高校野球の絶大な力を象徴している。それだけ、観る側もやる側も熱量があるということだ。
ちなみに、私は100回記念大会の開会式から現地に足を運んでいたのだが、球場内は常に超満員であった。聞くと、二週間の大会期間中に100万人以上もの来客があったらしい。私など、全国一熱い場所で初日の朝から陣取って観戦したために、身も心も滅びかけた。それだけの熱気が渦巻くのが甲子園。球児たちの聖地なのだ。

甲子園に出たか出ないかで、その後の人生が大きく変わる。
田舎のほんの小さな高校でさえ、一度でも甲子園に出場したものならば、未来永劫、永遠に語り継がれる。その一回が、野球部だけでなく学校や地域に与える恩恵は計り知れない。プロにならずとも地元のヒーローとして一生扱われるし、その反面、その後の立ち振る舞いも含めて重圧はかかってくる。そう、高校野球が背負う重圧というものは半端ではない。
なによりもその双肩に全ての責任と期待を背負う監督、チームをまとめるキャプテン、最後の夏のベンチに入れなかった三年生、子どもの成長を見守り続けてきた親。それぞれの立場での重圧、苦悩、覚悟が凄まじい。

高校野球はあくまで学校教育の一環であり部活だ。プロのように役職が分業されている訳でもないので、監督、部長、OBが選手の育成に当たる。100名以上の部員を抱えるマンモス校となると、もはや監督の目を全ての選手に向けることは難しく、部員の中から新入生への教育指導を担当する者も出てくる。これがまた辛い。上級生である自分も本当は練習がしたいし、試合にも出て活躍したい、そのために入部したはずだ。しかし、怪我や病気、技術不足から途中でレギュラーを諦め、チームを縁の下で支える柱の一本に志願する。たとえ下級生より技術が劣っていたとしても、卑屈になる気持ちを振り払って高校野球の心構えを伝える。

高校野球を通じての人間的成長。これが彼らが真に目指す目標である。甲子園出場、全国制覇。無論、分かりやすい目標も大切ではあるが、指導者が最後の別れの際まで目指す場所は、少年から青年へと成長していく子どもたちの門出である。
桜咲く頃にまだあどけない表情をしていた子どもが、三度目の桜が散る頃に精悍な顔つきをして去っていく。その様子を最後まで見届けるのが監督の仕事で、それを支えるのが親の役割だ。
私は武士道の名残りをここにみる。選手がボールを繋ぐのではなく、ボールが選手を繋いでくれるのだ。たとえ自分が犠牲になろうとも、チームの勝利のためなら泥をかぶる。いや、泥をかぶるなどという比ではない。どんな立場にいても、断腸の思いで決断する場面があるのだ。辛い、なんて一言では片付けられない。追い込まれた選手は、このまま死んでしまうのではないかというぎりぎりのところで闘っているのだ。

めちゃくちゃに遊びたい盛りを抑制し、ただ甲子園の切符を掴むためだけに幼い頃から野球を志す者も多い。プロを見据えてプレーする者や、人生の通過点と割り切っている者もいるだろうが、高校野球を青春のピークに持ってくる流れはまだ消えない。
もう二度と肩が上がらなくなってもいい。バットが振れなくなってもいい。思い切り走れなくなってもいい。目の前の勝利のために。その瞬間に、全てを捧げる。この精神が、数々の熱い名場面と、美しい悲劇を生んできた。

高校野球の途中で挫折した私にとって、引退するその瞬間を土の上で迎えられる様は、理想の死に方である。観衆の前で散ることこそ、高校球児にとっては最も美しい逝き方だ。
悔しくなれないことが、一番悔しいこと。力の全てを出し切れたかどうかというのは、たとえ他人の目には良くやったように見えても、自分の目だけは誤魔化せない。夏が終わってしまった選手や、監督の寂しそうな笑顔を見ていると、私は一体何をしているのだろうという気分になる。たったひとつの命をそのまま剥き出しにできているだろうか。なんとなくの流れの中で生きていやしないか。全てをかなぐり捨ててでも守りたいものを守れているだろうか。満足しようが、後悔が残ろうが、一発勝負。待ったなしの人生は、無情にも過ぎ去っていく。

「スコアボードが僕の通知表です」
苦しい場面を乗り越えて、晴れて夏の公式戦の舞台に辿り着いた監督は、爽やかに語った。序盤から涙腺が緩みっぱなしの私の胸はここでも詰まったが、ただ感動したとは言えない複雑な気持ちだった。その笑顔の境地に至るまで、どれほどの修羅場を越えてきたのか分からない。勝てなければ、敗軍の将として、その責任を全て負う。敗戦後の監督のような潔さは、まだ私にはない。
出して、出して、出し切って。それで駄目ならあとは煮るなり焼くなり。

そんな境地になれることを、私は夢みている。

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